東京高等裁判所 昭和46年(う)2178号 判決
被告人 樋口孝正
〔抄 録〕
所論は、原判示の各傷害の結果は、被告人の前方不注視という過失に基因すると認定すべきにかかわらず、原判決が飲酒のうえ運転中止義務に違反して運転を継続した過失によると認定判示したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。
そこで考えてみるのに、一件記録によれば、被告人は運転開始の約二時間前に平素の酒量を超える約三合の清酒を飲んだこと、本件事故の当時道路のセンターライン右側にはみ出して自動車を運転していたこと、被害者らが道路の中央寄りを歩いていたと認められるのに追突する寸前までそれに気づかなかつたこと、衝突現場にスリップ痕が認められないことなどを証拠上認めることができ、しかも原審においては、原判決と同旨の訴因に対し、被告人も弁護人も終始事実はその通り間違いないと答えて争っていない訴訟の経過などに徴すると、原判決が原判示のように被告人が運転中止義務に違反し敢えて自動車を運転したことにより原判示の各傷害を負わせたと認定判示したこともあながち首肯できないわけではない。しかしながら、一件記録に当審における事実の取調の結果を合わせてさらに検討を加えると、被告人は、運転開始前ともに飲酒した大島利次および清滝孝一郎を自車の助手席に同乗させて小出部落を出発し、約二キロメートル走行して両名を前後して順次下車させたのちも数キロメートル走行して本件事故現場に差しかかったものであること、その間右道路は幅員わずか三メートル位の未舗装で渓谷に沿った屈折の多い道路であるのに、ともかくも無事に走行してきたことを考慮すると、原判示の各傷害の結果は、もとより被告人が酒に酔っていて正常な運転をする能力に欠けていたことがその一因をなしていることは認めなければならないけれども、なおかつ完全に前方注視等の能力を喪失する状態にあったものとはとうてい認められないから、直接には被告人の事故直前における前方不注視という過失行為に基因すると認めるのが相当だといわなければならない。そして、刑法上の過失犯を考える場合には、一定の結果に最も近接した最終の行為が過失行為としての要件を具えているかぎりは、その行為のみを刑法上の過失行為と認めるべきで、それ以前の行為は、たとえ責むべきものがあるにしても情状として考慮するのが相当であるから、本件の被告人については右の前方不注視を過失行為とみるべきものである。そうだとすれば、原判決は被告人の業務上過失傷害罪を認定するにつき、過失行為の態様に関し事実を誤認したものといわざるをえず、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点の論旨は理由がある。
よって、他の論旨に対する判断を省略し、本件においては原判示第一、第二、第三の各事実を併合罪として一個の刑を言い渡しているので、刑訴法三九七条一項・三八二条によって原判決全部を破棄するが、検察官は当審において、のちに認定するところと同趣旨の予備的訴因を追加しており、この訴因事実について当審において自ら判決をしても被告人の防禦上の実質的利益を害しないと認められるので、同法四〇〇条但書により当裁判所においてさらに次のとおり判決する。
すなわち、罪となるべき事実第一として次のとおり認定する。
被告人は自動車の運転業務に従事するものであるところ、昭和四五年一〇月一〇日午後九時二〇分ころ、普通貨物自動車(新四も一二二四)を運転し、中魚沼郡中里村大字田沢己一五九六番地先付近道路上を長野県方面から十日町市方面に向かい時速約四〇キロメートルで進行中、およそ自動車運転者たるものは進路前方および左右を注視し、交通の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、前方注視不十分のまま准行した過失により折柄前方道路右側中央部寄りを同一方向に並んで歩行中の南雲武(当時一八年)、広田洋一(当時二四年)およびその前方を原動機付自転車をひきながら歩行中の南雲久男(当時三〇年)に衝突の寸前まで気づかず、応急措置をとるいとまもなく自車前部右側を右南雲武、広田洋一の背後に各衝突させ、かつ、右南雲久男の原動機付自転車に衝突させて同人を路上に転倒させ、よって南雲武に対しては加療日数約二か月を要する後頭部打撲症脳挫創の、広田洋一に対しては同じく一〇間を要する後頭部打撲挫創の、南雲久男に対しては同じく約二週間を要する左手挫創、右上下肢左頸筋打撲症の各傷害を負わせたものである。
(中野 寺尾 粕谷)